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2011.05.26

原発事故原因で自殺まで・・・

もうすぐ梅雨入りですね。 
 農家の方が出している新聞を読んでいますが、ある記事に涙がでました。「うちのとうさんは東電に抗議するため命を絶った」という見出し。毎日、あれだけニュースで東北の大震災や福島原発事故が報道されているのに、この自殺のことはほとんど知らされていません。関係者に聞きましたら、命を絶った樽川さんは福島の専業農家で特に有機農業に長年こだわり、がんばっていた一家の大黒柱のお父さん。
 有機農業は農薬すら排除し土壌管理が大変な方法ですから、放射能汚染に大きなショックを受けるのは当然です。
 お父さんは地震後は元気に片付けをしていたといいますが、原発が爆発したというテレビを見てから「もう福島の農業はおわりだ」とすごく落ち込んでいたといいます。「被爆国の日本がなんで原発やってんだ」と広島にも行って勉強していたそうです。福島の土地を愛し、農家に誇りをもって苦しい時もがんばってきた人から、希望も未来も奪った原発事故。許されない!残された家族、仲間の怒り。
 農業が出来ない中、しかし仕事をしないと頭がおかしくなってしまうと種を植えたりしていると語る残された家族。多くの人が知らなければならない実態のひとつです。

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2011.05.11

自然エネルギーとゴールデンウイーク

原発事故から何を学ぶのか 
 3月11日の東北大震災によって福島原発は大量の放射能漏れを起こし、被害は日々深刻になっています。
 水も飲めない、空気さえ吸えない。「想定外」という言葉で片づくわけがない。重大な人災です。
 原子力の怖さを皆が痛感しています。先の3月市議会で日本共産党市議団が提出した「安全性の未確立な原発依存からエネルギー政策の抜本的見直しを求める」意見書が採択されました。
 見直しの具体化は地方政治にも求められる事だと思います。
 4月28日 愛媛新聞社説では「東日本大震災」伊方原発を考えるとあり、安全確保無理なら政策転換を訴えています。原発を抱える愛媛ではわが身に置き換え考え直すべきと。その責務は第一義的には四国電力にあると。
 同日、尾崎高知県知事は「段階的原発から脱却。安全な新エネルギーをめざす」と記者会見しています。
3・11以前に戻ることはできないからこそ、責任のなすくりあい的議論ではなく将来に、命に責任をもった対応を住民は求めています。

 エネルギー政策の見直し 
原子力にかわる自然エネルギーには太陽・風・水・森林(バイオマス)があります。日照時間の長さも森林の多さも日本一の県です。どう活かすのか問われています。高知市も新たな総合計画ができ「環境」が大きな柱になっています。
 市民が正しい情報を知る学習の場づくりや民間の取り組みへの補助制度の創設、企業評価などなど自然エネルギーへ転換しやすい政策が必要になっていると思います。

自然と共存 
 このゴールデンウイークに囲炉裏生活を少し体験してきました。
 電気をほとんど使わない生活を。 薪をわり、ご飯をつくる。水をお湯にする。手間ひま、労力がかかることがよくわかりました。自然エネルギーで生活することは数十年前はどこでもあった、出来ていた生活。でも山から人がいなくなり、山は荒れ、生活が維持できなくなったと思う。山に若者が住み暮らせるような町づくり、政策はエネルギー政策の転換を考える上でも大事なことだと思いました。
戦後、植えられた人工林も間伐が十分出来ず、多くの山が崩壊寸前です。囲炉裏の家の近所で畑しごとをしていた70代の女性に「山がきれいですね」と言うと、手入れがされない人工林を指差し「私の好きな山やないなった。勝手なことはせられん。山は山、大事にせんといかんが・・」といいます。この村に生まれ、生きてきたおばあちゃんの言葉。
 物価は上がったのに戦後の木材価格と現在の木材価格がほとんど変化がないといいます。山では食べていけない、生活できないのです。
 ある本に書いていましたが、「安から品質もいいからと外国産材を輸入できても、いい森は輸入できない。」いい森は自分たちで育てていかなくてはならないのです。 安全で再生可能な自然エネルギーへの転換は原発問題だけでなく、森を育て、仕事をうみだすことにもなりますね。 
 事実、活断層の上に生きていく私たちにとって、地震や津浪を正しく理解し暮らしていかなくてはなりません。自然の中に生かされているのが人間。自然を単に儲けの対象や便利さのために犠牲にすることから、「共存」していくということこそ大事だと思っています。
 自然と共存して人間が生きる。 囲炉裏を今日も思い出します。


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2011.05.09

選挙の記憶

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急に暑くなりましたね。4月の選挙では吉良県議の勝利につづき、3選を果たすことができました。
 今回の選挙は今までになく若い人たちが応援に駆けつけてくれたりと、にぎやかに闘うことができました。
 初めてマイクをにぎりアナウンサーをしてくれたお母さんたち。
仕事が終わったあと宣伝カーの運転にきてくれた青年。
お店を休みにしてでも応援するとアナウンサーをしてくれた女将さん。
近所に配るビラがほしいと来てくれた92歳の同志。
出陣式での「団結ガンバロー」は、わしがやる!と来てくれた町内の方。
 選挙最終盤、街頭演説していると、雨が降る中、子どもを抱え、
家から飛び出てきて手をふるお母さんや子ども達。
ご飯のしたく中だったのかエプロン姿で出てきたおばあちゃん。
地元商店街の居酒屋から「愛ちゃんはここに必ず来ると思いよった」とほろ酔いのおんちゃん達。 
候補者としてこんな嬉しい応援はありませんでした。
たくさんの方と握手をし、激励を受け最後まで元気にがんばれました。
これからも地域に根をはり、住民のくらしの為に働く議員であり続けたいと決意を新たにしています。 
高知市は必ずくる南海地震の対策など多くの課題を抱えていますが、どの分野でも
「命」や「未来」に責任をもった歩みをしなければなりません。
日本共産党の市議として勉強し、がんばります。


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2011.05.02

議員総会

今日、議員総会が開かれ、市議選挙後初めて顔をあわせました。
これまで最年少でしたが30歳の青年が当選され、最年少をバトンタッチです。
早速に地域から相談が寄せられています。
また、地域でみなさんと会えるのが楽しみです。

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