金子みすずさんを訪ねて
詩人 金子みすずさんの詩に癒されて・・・
みすず記念館のある山口県の港町である長門市仙崎へ行ってきました。
王子山から町を眺めてみました。海は静かにキラキラと太陽の光を受けて輝いています。
この穏やかさからは鯨漁の拠点となった港だとは想像がつきませんでした。 捕獲された鯨のお腹には赤ちゃんがいて、その胎児たちの供養のために先崎の港には鯨墓があります。位牌もあるとのことでした。
代表作品の「大漁」にも現れていますが、お魚であっても弔うこころ。見えない海の中にもこころを通わそうとするところ。 立場や環境の違いを理解するこころ。いつ読んでも暖かさを感じます。
金子みずずさん、本名は金子テルのやさしさや世界観、心の豊かさは鯨の供養する町の暮らしや歴史の中ではぐくまれきたのだらうと、私も改めガイドさんの話を聞きました。
詩 「大漁」
朝焼小焼けだ 大漁だ。
大羽鰮の 大漁だ。
浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
鰮のとむらいするだろう。
みずずさんが住んでいた家の書斎が再現されています。
ここに居た頃から身体を悪くしていたようです。
この部屋からどんな景色を見ていたのだろうか。
子どもの声
ツバメの赤ちゃんの口
夕ご飯のにおい
日陰草のユキノシタ
犬のクロ
マタタビ酒を飲みすぎて縁側で猫にすり寄られている人← 岡山で見た!笑った!驚いた!
書斎がのこる記念館の周辺を歩いてみました。
それぞれのお家の入り口に、みすずの詩が書かれた額が飾られています。
町を歩きながら詩を口ずさむ・・・
詩「こだまでしょうか」はCMでも流れていますね。
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう
「もう遊ばない」というと
「遊ばない」という
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。
仙崎の港にある弁天島 詩にもでてきます。
ガイドさんの話によると今は陸地と繋がっているのですが、昔は本当に離れ小島だったようです。
どうして海を埋め立てたのか、天皇陛下が来られるから道を広げて案内するための工事が行われたようです。
この日はすごく風が強く、ビュービューと風の音。
底引き網が束で積まれ、その上をとんびがぐるぐると旋回しています。
潮のにおいに包まれ 弁天島のお宮に手を合わせました
みすずさんは生涯で三冊の詩集を残しました。「美しい町」「星のかあさま」「さみしい王女」です。
最後の一冊「さみしい王女」の中にある巻末手記は、夫から詩を書くことを禁じられた時にその思いを書かれているとのことです。
詩 「巻末手記」
できました、できました、かわいい詩集ができました。
我とわが身におしふれど 心おどらす さみしさよ。
夏の暮れ 秋もはやたけぬ、針もついまのわが手わざ、
ただにむなしき心地する
誰にみせようぞ、我さへも、心足らわず
ああ、ついに 登り得ずして帰り来し、
山のすがたは 雲に消えゆ
とにかくに むなしきわざと知りながら、秋のともしのふくるまを
ただひたむきに 書きて来し
明日よりは、何を書こうぞ さみしさよ。
この最後の2行にどうしても涙が出てきます。
当時の社会は家父長制度のもと男尊女卑がまかりとおっていました。
詩を書くこと、投稿することを止められた みずずさんはどんなに悲しい、くやしい、さみしい思いだっただろうと・・。
山口県庁の隣にある国宝五重の塔
駅から30分ほど歩くと五重の塔にたどり着きます。
素敵な時間を過ごしました。
金子みずずさんを訪ねる旅は私にとって忘れられない記憶になりました。
また、みんなでいきましょうね。
つづく・・・
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